30代後半という留学には遅すぎる年齢でOxford大学ビジネススクール(MBAコース)に留学した男の話


by uk_japan
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カテゴリ:日本(2010年4月)( 13 )

オックスフォードへの帰宅は、妻と長男と一緒だ。
赤ちゃんと一緒に飛行機に乗る場合、小さなベビーベッドの席を用意してもらえる(飛行機もある)。
今まで、赤ちゃんが飛行機に乗っていると、ああ、泣いたりしたら嫌だなあ、と思っていたが、立場が逆になった訳で、本当に申し訳ないと思いながら乗る。
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幸いにも、比較的寝てくれていたので、助かった。

成田→ヒースロー(NH201便)2010年4月14日11:35~16:00
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by uk_japan | 2010-08-18 23:59 | 日本(2010年4月)
日本を発つ前日、同業の友人と渋谷で。
魚を食べながら日本酒というのも、この後また数ヶ月はできない。
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外国人学生を引率してきたジャパントレックでも、こういう立ち飲み屋に連れてくるのも、面白かったかな、とも思う。

立ち喰い第三福ちゃん 2010年4月13日21時ころ
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by uk_japan | 2010-08-17 14:31 | 日本(2010年4月)
長い枕になりますが。
ラオスを始めて訪れたのは1999年。
夜行列車でラオスとの国境の町ノンカイへ、トゥクトゥクとバスで国境を越えた。首都ビエンチャンと古都ルアンパバーンを訪れたが、ルアンパバーンで泊まったゲストハウスで、今度刊行する予定の「地球の歩き方ラオス」の写真を撮っているというフォトグラファーの方にばったり会った。
そのフォトグラファーの方の写真展の招待状を頂き、写真展を見に行ったのが、2002年、彼も入っているというマオラオ会というラオス好きの集まりに、それ以降、顔を出すようになった。

さて、ラオス大使館では、毎年花祭りにあわせて、ピーマイラオというパーティをやっている。大使館のパーティというと、本当に限られた上流階級の人々が集っているようなイメージだが、まあ、そこはラオスだから、実に大らかなもので、私共のような単なるラオス好きまで入れてしまう訳だ。
円覚寺のエントリーで書いた、花祭りで思い出した週末の用事とは、このピーマイラオ。
短期間の日本滞在とピーマイラオがかぶるとは、なんともラッキー。せっかくなので、今年も行ってみました。
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たしか、10時開場と書いてあったような気がするが、10時に行っても人はまばらで本格的にスタートするのは12時ころというアバウトさなので、私は12時過ぎに会場へ。
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(↑在日本ラオス大使)
食事やダンスがメインのようだけど、一応ブッダの誕生日という名目なので、仏像にお水をかけねば。
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アレクサンドラさんというラオスのアイドルの方も来ていました。
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父がラオス人で母がブルガリア人のハーフの歌手で、これまでタイ→ラオスという一方通行の文化流入だったのに、彼女はラオス→タイという文化の流れを生み出して、タイでも人気のようですよ。
5月22,23日に代々木公園で開かれたラオスフェスティバルでも歌を歌っていたそうです。勿論、その時は日本にいなかったので、行っていないけど。
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(↑マオラオ会の仲間と)
東南アジアは美味いビールが多くて、私は、タイのシンハービール、フィリピンのサンミゲルが好きだけれども、ラオスのビアラオも美味い。上の写真でも、ちゃんとビアラオ、飲んでいます。
ラオスは、料理も美味い。
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日本人でタイ料理の好きな人は多いが、肉入りサラダのラープやパパイヤのサラダのソムタム、焼き鳥のガイヤーン、もち米のカオニャウを好きな人も多いのではないかな?これらは、タイ東北部の食べ物で、ラオスも同じ文化圏なので、食べ物は共通。で、ラープなどは、バンコクで食べるより、ラオスで食べる方が美味い。それは、狭い鳥小屋で飼われた鶏の鶏肉と、そこら辺を走り回っている鶏の鶏肉との差。
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(↑ダンス)
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(↑私の兄貴分と)

ラオス大使館ピーマイラオ 2010年4月12日12時ころ~15時ころ
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by uk_japan | 2010-08-16 07:24 | 日本(2010年4月)
東京・鎌倉と案内しているアルバニア人学生(弁護士)が、私の横浜の実家に泊まった。
私が(というより親が)心配していたことと、実際はどうだったかを少し書いておこう。

1.食べ物
食べ物は何でも大丈夫なのか、心配された。確かに、アルバニアはヨーロッパでは珍しくイスラム教徒の多い国だ。ただ、一緒に酒を飲んだこともあるし大丈夫なのでは、、と思ったが念のため、聞くと、何でも食べるとのことで一安心。

2.言葉
親は私にもまして英語が全く出来ないので、一緒に食事をするときなど大丈夫か心配していたようだった。彼女はしゃべり方がゆっくりなせいもあって(ここ重要)、しかも、同じ職業のもの同士のせいか言ってくる内容がだいたい予測を外さないこともあって(これも重要)、ぼくが話の大要を要約しながらで、特に問題なかった。

家では、餃子(私の好物)と、日本的なものということで、金平ゴボウ、おひたしなどを彼女にふるまった。餃子は結構美味しそうに食べていた気がする。金平ゴボウもそこそこ食べていた気がするが、美味しいと思ったかは不明。
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京都で買ったという中古きものを着てみたりして、彼女もうちの親も楽しそうで、国際交流は無事成功裏に終わった。

私の実家@横浜 2010年4月7日~9日
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by uk_japan | 2010-08-15 19:48 | 日本(2010年4月)
鎌倉を代表する寺社の鶴岡八幡宮。鎌倉を代表する神社だといって、連れて行く。
つい、1ヶ月ほど前に大銀杏が倒れてしまったことが気になっていたので、大銀杏を見に行く。
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倒れた木の切り株から小さな芽が出てきているし、別の場所で小さな芽が育てられているし、また、倒れた木の上の方が別の場所で育てられている。100年後くらいには、再び大銀杏に育っているだろう。
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13世紀初めに、この木の陰に隠れていた暗殺者が時の将軍を暗殺した、という話をする。
さらに、将軍が天皇に代わって政治をしていたこと、この将軍暗殺事件以降は将軍に代わって執権が政治をしていたことを話す。

前のエントリーでも、私が質問されまくった話を書いたが、私が案内していた法学部生は、さすが法学部生だな、というか、質問の視点がMBA学生とは違って、私の関心分野とかぶり、元々私の頭の中に答があるような質問をしてくることが多い。

ア:将軍という権力者がいたということだが、天皇は独裁的権力を握っていなかったのか?
日:12世紀終わりまでは天皇に代わって貴族が権力を握っていた。12世紀終わりから19世紀半ばまで、天皇に代わって将軍が実権を握っていた。歴史上、天皇が実権を握っていた期間は結構短い。
ア:何故トップに位置する天皇が決定権を持たないのか?
日:地位が低くても能力のある人がいたら、その人に決定を委ねようとするカルチャーが日本にはあると思う。しばしば、トップによるコントロールが効かなくなるのは、問題なのだが。例えば、1931年からの満州事変は、日本政府が主導したというよりも、満州の現地スタッフが勝手にやったんだ。

天皇制や戦争に関するこの辺りの話は、中国、台湾、韓国の学生から聞かれても、できる限り詳しく、かつ、遠慮せずに話すようにしている。
外国人学生と、歴史や社会のあり方について語る機会は、相互理解に役に立つと思うからだ。

鶴岡八幡宮 2010年4月8日16時30分ころ
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by uk_japan | 2010-08-15 19:45 | 日本(2010年4月)
もう14時も回ったので、ランチでも。
大仏から江ノ電の長谷駅に向かって歩いている途中で、お好み焼き屋の染太郎を見つけた。浅草にある店の姉妹店のようだ。
お好み焼きは食べたことが無いようだし、面白いんじゃないかと思って入る。
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鉄板の上で片面を焼き、くるっとひっくり返す様がユニークに見えたようだ。
だが、特に、味についてのコメントは無かった。
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お好み焼きを食べながら質問されたのは、日本の自殺についてだった。
ア:日本は自殺者が多いのか?
日:約300万人。比率的には、旧ソ連諸国が日本よりずっと高いが、西側先進国にしては高い。
ア:自殺の理由は?
日:経済的理由、精神的な病などは、他の国と共通だろう。組織に対する責任を取ってというのは、日本独自か。
ア:リコール事件を起こしたトヨタの社長は自殺しそうか?
日:まあ、しないだろう。責任を取っての自殺はトップよりも中間的な立場の方がよくする。
お好み焼きとは関係なく、こんな会話が続いた。

浅草染太郎 2010年4月8日14時30分ころ
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by uk_japan | 2010-08-15 19:40 | 日本(2010年4月)
銭洗弁天から山を下り長谷まで歩いてしまう。鎌倉大仏へ。
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大仏が見たいというので連れてきて、それでいて言うのもなんだが、横浜生まれで鎌倉の中学高校出身の私が言うのもなんだが、鎌倉大仏って、そんなに好きでもない。
彼女は、この後、奈良に行くということで、奈良に行けば絶対に奈良の大仏を見るのだろう。奈良の大仏に行けば、東大寺の門やその彫刻も見られる訳で、その方が絶対印象的だから、ここは端折っても良かったかも、とは思う。

彼女も鎌倉大仏にあまり興味がなかったのか、鎌倉大仏見学中、鎌倉大仏についてのコメントはゼロだった。
東京・鎌倉観光中、いろいろな質問をされたが、鎌倉大仏見学中に聞かれたのは、①日本は外国人に対してどういう印象を持っているのか、②日本人が黒人と結婚するといったら親はどういう反応をするか、だった。

ちなみに、私の答えはというと。
①:観光客や取引相手として付き合う場合はwelcomeだが、日本の会社が社員として入れるかというと、文化的違いの克服が面倒だと感じる会社が多いだろう。
②:人種的偏見は否定されるけれども、いざ自分の子供が外国人とくに黒人と結婚すると聞いたらびっくりする親が多いだろう、まあ、東京のような都会か田舎かによっても違うだろうけれども。
というもの。

鎌倉大仏 2010年4月8日 13時30分ころ訪問
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by uk_japan | 2010-08-15 17:53 | 日本(2010年4月)
円覚寺から鎌倉方面へ歩く。この後、建長寺に寄って鶴岡八幡宮へ行くというのが一般的だろうが、寺社が続くのも飽きるだろう。
そう思って、山を越えて、銭洗弁天に行くことにした。
鎌倉五山の正統である円覚寺とは異なり、銭洗弁天は民間信仰の場。違った雰囲気を感じ取ってもらえれば。

奇岩の光景を愛でる感覚は、ナポリ他の青の洞窟を筆頭にヨーロッパにもある。比較的分かり易いんじゃないだろうか。
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岩山のくぼみに入り、火を点けろうそくを立てる。湧水でコインを洗う。
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今、文章を書きながら思い返すと、ちょっと不気味なだけだったかも知れない。

銭洗弁天 2010年4月8日12時30分ころ訪問
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by uk_japan | 2010-08-14 17:11 | 日本(2010年4月)
私の横浜の実家に泊まった翌日、鎌倉へ。
特に具体的な計画は立てていなかったのだが、寺と大仏を見たいということだったので、まずは、鎌倉で私の好きな寺の一つ。北鎌倉駅で横須賀線を降り、円覚寺へ。
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中へ入っていくと、花祭りだということで、甘茶を仏像にかけて、参詣客は甘茶を頂く。そうか、花祭りだったか、すっかり忘れていた。
この時点で、この週末に行くべき場所を思い出したのだが、この話は別のエントリーで。

円覚寺は、大学受験で苦しんでいた頃、精神修行と思って、1泊2日で座禅をしに来たことがあった。
まずは、入門を認めてもらうために、ある部屋で、ひたすら正座をして待つ。
待つこと30分くらいだろうか(昔の話に比べると非常に緩い)、入門を認めていただき、座禅の仕方を学ぶ。
だが、なかなか上手く座禅をできない。この指導をしてくれた僧はユニークな方で、「座禅はインド発祥ですからね。彼らは、足が細くて長いでしょ。だから、足を組みやすいんです。でも、日本人は、足が太くて短いから、こういう簡単なやり方でもいいですよ。」
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何故、こんな話を思い出したかというと、今、インドにいるからなのだが。タイのトゥクトゥクにも似たオートリキシャーの運転手は、狭い運転席で巧妙に足を組んでいることが多く、そのせいで、こんな大昔のエピソードを思い出してしまったのだ。
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この慎ましやかさ。奈良や京都と比べても顕著で、奈良時代→平安時代→鎌倉時代と下るにつれ、(中国とは別個の)日本文化が形成されてきたことを知る。
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円覚寺 2010年4月8日11時ころ訪問
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by uk_japan | 2010-08-14 03:09 | 日本(2010年4月)
アルバニア弁護士の資格を持つOxford法学部院生、うちに泊まりたそうだったので、横浜の実家に泊めることにした。アルバニア人がうちの町内に来るのは多分、初めてじゃないだろうか。

前にも書いたとおり、まずは居酒屋にでも連れて行けばいいのかも知れないが、代わりに、近所の蕎麦屋。そもそも、酒を飲みながら何かつまんで蕎麦でしめる蕎麦屋のスタイル、居酒屋のスタイルの起源なんじゃないかと思う。
この晩、この店に来るつもりだったのも、昼に神田のまつやに行くのを止めた理由の一つ。

日本酒はヨーロッパで最近はだんだん飲まれるようになってきているようだが、彼女は日本酒を飲んだことがないらしい。で、日本酒を注文。
神田のまつやには、日本酒というと、菊正宗しか置いていなかったと記憶している。蕎麦屋では日本酒も味わって欲しいけれども、菊正宗で日本酒の第一印象を決めて欲しくなかった。これが、昼に神田のまつやに行くのを止めた理由の二つ目。
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(↑いろは店内。写真を撮っていなかったので、「Peach Fool」さんから拝借しています。自前の写真を撮り次第、差し替えます。)
蕎麦も、楽しんでもらえただろうか。
楽しんでもらえたように思うけれども、昼にラーメン、夜に蕎麦で、(ヨーロッパで麺食の伝統があるのはイタリアだけなので、「ヌードル」という区分より細かいカテゴライズをできず)昼も夜もヌードル、似たものばかり続く、と思われてやいないか少しだけ不安。

そば酒膳洪福寺いろは 2010年4月7日20時ころ~訪問
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by uk_japan | 2010-08-14 02:46 | 日本(2010年4月)